2017年08月20日

室﨑 益輝先生の提言



 兵庫県立大学大学院減災復興政策研究科研究科長・教授の室﨑益輝先生の提言です。参考になります。
 https://www.facebook.com/y.murosaki/posts/1964000293842996?pnref=story

 以下、facebook の投稿です。
 2017九州北部豪雨災害(その1)・・支援が足りない
 14日と15日、九州北部豪雨の被災地を駆け足で見てきました。
 結論から言うと、とても大変です。特に、「被害が大きく支援が少ない朝倉市」の被害は深刻で、土砂が取り除かれて元の生活に戻るまでに、このまま推移すると「少なくとも数か月」はかかってしまいます。
 3年前の丹波豪雨災害の時は、約1000棟の家屋に土砂が流入しました。今回の九州豪雨災害では、調査中で不確かな部分もあるのですが、約2000棟の家屋に土砂が流入しています。家屋数だけを見ると、約2倍の被害です。一方、流出した土砂や流木量は丹波の10倍もの多さです。多くの土砂が家の中に堆積しているので、その除去にはそれだけ多くの人手や重機や財源が必要になります。
 ところで、丹波では1ヵ月にボラティアセンターには、約15000人のボランティアが駆け付けてくれました。それでも支援の手が足りずに、最終的にボランティアセンターを閉じるまでには6か月を要し、延べ3万人のボランティアの支援を要しました。土砂被害家屋1件当たり30人、撤去土砂10万㎥あたり600人のボランティアが必要でした。被災地の状況が違うので、丹波の数字をそのまま当てはめることはできないのですが、仮に丹波と同じだとすると、延べ6万人から20万人ものボランティアが必要ということになります。
 時間積分で与えられる被災者の負担をできる限り少なくするために、最悪でも3ヶ月で土砂を取り出そうとすると、1日300人から900人ものボランティアに来ていただかねばなりません。ところが、ボランティアの数が日々減って行く傾向にあり、このままでゆくと6か月どころか1年近くも泥だしにかかると懸念されます。
 となると、
 (1)多くのボランティアが来ていただける体制や環境を強化する、
 (2)企業ボランティアを含め民間企業などに社会貢献を訴える、
 (3)災害救助法に基づく支援事業として公費による撤去を大掛かりに進めるなどの対応を、今すぐにでも実行しなければなりません。
 環境整備では、
 ①丹波水害の時に市役所自身がSNSやホームページなどを通じて、毎日支援状況を伝えるたことを参考に、ボランティアの参加を呼び掛けること、
 ②ボランティアのための駐車場を大量に確保することや空港やバスターミナルなどからの送迎バスをピストン運転すること、
 ③ボランティアの旅費を軽減する社会運動を展開しその負担を軽減するなどの対応が必要です。
 ここで再度確認しておかなければならないのは、被災者を救済する責任は行政にあること、なかんずく災害救助法では県にあるということです。泥だしや避難所支援の責任も行政にあるということです。社協やボランティアはあくまでも善意で協力している立場です。ボランティアに押し付けてはなりません。

 2017九州北部豪雨災害(その2)・・応急仮設住宅の建設
 九州北部豪雨後の対応では、今までの経験が活かされた進んだ取り組みがいくつか生まれている。(1)応急仮設住宅の迅速な建設、(2)避難所の環境と運営の改善、(3)学生ボランテイアのためのベースの設置などである。
 朝倉市と東峰村は、小学校の運動場などを活用して応急仮設住宅を建設して対応、日田市は借り上げ仮設住宅の提供と公営住宅の活用で対応する。
 日田の借り上げ仮設は、既存の空家ストックを活用するもので、建設の手間を省き迅速に対応できるというメリットはあるものの、コミュニティから離れてゆく人や見えなくなる被災者を生んでしまうというデメリットを抱えている。ソフトでコミュニティのつながり維持の努力を確りしないと、行政が楽をした分、被災者に苦を強いる結果になる。コミュニティ維持の観点からは、行政が楽をしようと思って安易に借り上げに走らないほうが良いと、私は考えている。
 朝倉市の杷木と東峰村の応急仮設の第1次分の約70戸は、ほぼ建設が完了していた。東峰村は18日から、杷木地区は19日から入居が始まる。災害2週間後から建設が始まって着工後1ヶ月で入居にこぎつけている。すばやく安心して暮らせる場所を被災者に提供できたということでは、高く評価できる。木造仮設でも1ヶ月で建設できることを示してくれた。避難所生活は最大1ヶ月という目標に照らせば、もう少し着工を早め工期を短くできないかという思いがあるが、東日本や熊本を見てきただけに拍手を送りたい。
 地場の木材を用いた仮設であること、1DK、2DK、3Kと3つのタイプが用意されていること、縁側が設けられていることなど、仮設住宅の進化が見られる。相変わらずの並行配置で相手の玄関に背中を向けた形になっているのは、少し気に食わないが。デザインも含めて、評価しておきたい。
 全壊あるいは流出の世帯は、2次の9月末入居を含めると、希望者全員が入居できる見通しである。その一方で、対応の拙さからすぐに土砂が取り除けないで家に帰れない人が、仮設に入居できずに避難所においておかれるのが、やや残酷である。大量の土砂が入った家は実質的に家を建て直すか、大規模な改修工事を余儀なくされる。ということでは、こうした被災者も全壊と認定し、仮設入居をはかるべきだと考えている。

 2017九州北部豪雨災害(その3)・・宿泊型支援施設「うきはベース」
 昨日はお盆休みの中、わざわざNPOエンジェルウィングスの藤澤さんと西南学院大学ボランテイアセンターの山口さんに鍵をあけていただいて、うきは市の「うきはベース」にお邪魔し、お二人からいろいろお話をお聞きしました。
 うきは市が朝倉市の被災地を隣接市として全面支援する思いで、市の「ムラ起こしセンター」を無償で提供して、このベースは実現しています。福岡県NPOボランテイアセンターの協力を得て、災害支援にやってくる大学生のための支援拠点として設置されたのが、この「うきはベース」です。ここには、事前に申し込めば団体でも個人でも学生であれば、100名程度まで無料で宿泊できます。お金のない学生にとっては、願ってもない施設です。この施設から被災地のボランテイアセンターまで、バスで送迎してもらえます。
 無料で宿泊できるということだけでなく、ボランテイア活動のアドバイスを受けることができる、他大学の学生と生きた交流ができる、支援活動の振り返りをみんなでできるといった利点を持っています。近くの温泉に無料で入れる、自転車を貸してもらえるなどの利点もあります。宿泊拠点をボランテイアのために用意する取り組みとして高く評価できます。
 ただ残念なのは、福岡県NPOセンターを通じて申し込む手続きがハードルとなっているためか、あるいはこの施設の宣伝が行きわたっていないためか、利用者が意外に少ないということです。この宿泊ベースの提供という「新しい支援スタイル」を定着するために、みんなで使って新しいボランテイア活動の創造をはかってゆくことが期待されます。
 全国の学生が、そして何よりも九州の学生がこのベースを活用して、被災地の支援の大きな戦力になってくれたらと思います。なお、今日から、神戸の舞子高校の生徒さんが、使わせていただくとのことです。

 2017九州北部豪雨災害(その4)・・杷木中学校の避難所
 長文です。すいません。
 14日は福岡の建築士会の樋口さんのご案内、15日はチーム神戸の金田さんのご案内で、避難所を中心に見て回りました。朝倉市3ヶ所、東峰村1ヶ所です。総じて避難所の雰囲気がよく、いろいろな心配りがされていて、傍観者ながらもホットしました。
避難所が地域ごとに細やかに設置されていること、避難所あたりの避難者が適度で空間的余裕があること、施設水準の高いコミュニティセンターなどの公共施設が活用されていること、コミュニテイ力があり被災者がお互いに顔見知りであること、そして何よりも運営に当たる施設職員やボランティアの皆さんの暖かい思いがあること・・・等により、避難者にとっては「辛くはあるが我慢できる環境」が確保されていました。
 中でも杷木中学校の避難所は、私の尊敬する今はなき黒田裕子さんが奮闘されていたころの避難所を思い出させてくれる、避難所運営と避難所環境のレベルの高さがあり、避難所環境の進化が「いくつもの避難所支援を積み重ねてきたボランテイア」の皆さんの経験知の集積の中で実現していました。
 畳の上でくつろげるゆったりした生活環境が実現していること、トイレはいうに及ばず、男女別の更衣室や洗濯室さらには洗濯もの干し場、食事や交流を図るスペース、自炊コーナーなど、大切な空間が機能別にしっかり確保されていること、子どもの学習と遊びのスペースが確保されて、そこにボランテイアの支援もあって、子どもが生き生きとしていること、野菜が多く入った栄養のある食事が地元の業者から毎日提供されていること、飲食に関して自立を促すセルフサービスのシステムが導入されていること、看護師などが常駐して健康管理が確り行なわれていること(清潔なシーツがレンタルで提供もされていました)など、学ぶべき取り組みが沢山ありました。
 その中で、
 (1)避難者のプライバシーと見守りや交流の空間的関係をどのように実現するか、
 (2)避難者とボランテイアを軸とした支援者の協働の運営体制をいかに実現するかについて、「良い意味で」いろいろ考えさせられました。
 坂茂さんの紙パイプとカーテンの間仕切りがもちこまれていて、更衣室や福祉コーナーとしては大きな役割を果たしていたのですが、被災者はお互いに顔が見えるほうが良いといって個々の避難スペースにはそれを使っていませんでした。それと同様に、被災者が要らないということでダンボールの間仕切りも使われていませんでした。お互いが親しいので物理的に隔てる必要がない、隔壁がなくても空間的な離隔距離があればよい、ということでした。お互いに見える関係を築きながら、必要な時にひとりになれる空間を別に設置しておくという方式の利点を垣間見ることができました。「区切ることだけが正しいのではない」ということを再確認しました。
 杷木中学校では、経験豊かな一つのNPOが中心軸となり、それを他のいくつかのNPOが協働連携して支えるという運営体制が、大きな役割を果たしていました。経験知が蓄積したNPOが「船頭多くして」という形になることを避け、被災者の自立を促しつつ責任をもって運営をサポートする方式の利点が見えました。ケースバイケースまた議論のあるところなのですが、避難者とNPO協働運営方式の更なる成熟を求めていくのが「いいのかな?」と、触発されました。



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